向陽地区・現存
新豊院
しんぽういん
新豊院(しんぽういん)は磐田市向笠竹之内にある曹洞宗の寺院で、山号は鷲渓山、本尊は能満諸願虚空蔵大菩薩です。開創年代は不明ですが文明18年(1486年)よりも以前と伝えられ、天正年間(1573〜1591年)に可睡斎の等膳和尚を招いて曹洞宗に改宗したとされます。裏山には国指定史跡の新豊院山古墳群があります。
別称・関連名称鷲渓山
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この寺院について
新豊院(しんぽういん)は磐田市向笠竹之内にある曹洞宗の寺院で、山号は鷲渓山、本尊は能満諸願虚空蔵大菩薩です。開創年代は不明ですが文明18年(1486年)よりも以前と伝えられ、天正年間(1573〜1591年)に可睡斎の等膳和尚を招いて曹洞宗に改宗したとされます。裏山には国指定史跡の新豊院山古墳群があります。
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歴史と背景
創建と沿革
磐田市観光協会の資料によれば、いつ頃開創されたかは不明ですが、文明18年(1486年)よりも以前だと伝えられています。天正年間(1573〜1591年)に可睡斎(袋井市)の等膳和尚を招いて曹洞宗に改宗されました。記録によれば天正17年(1589年)に伊奈備前守より寺領を寄進され、慶長8年(1603年)にも諸役免除などの朱印を受けたとされます。本尊の能満諸願虚空蔵大菩薩は、どんな願いも叶えるとされる仏で、かつては縁日に木版のお札を配っていたと伝えられています。
向笠城と徳川家康ゆかりの伝承
本尊の横には八幡大菩薩も祀られており、向笠城の城主による祈祷(戦勝祈願など)の場であったとも伝えられています。観光協会の資料には、徳川家康の位牌も祀られていると記されており、「勝」のご利益がある寺として寺社めぐりコースで紹介されています。寺の東側には向笠城跡があり、向笠地区の歴史と関わりの深い寺院です。
国指定史跡・新豊院山古墳群
寺の裏山には、弥生時代から古墳時代にかけての墳墓群である新豊院山古墳群があり、昭和62年(1987年)7月3日に国の史跡に指定されています。弥生時代から古墳時代への墓制の移り変わりを知ることができる貴重な遺跡と評価されています。2号墳は全長約28mの前方後円墳で、三角縁神獣鏡や鉄製・銅製の鏃などが出土し、磐田市観光協会の資料によれば出土品は市指定文化財となっています。磐田市の公式サイトでは、古墳保護のための斜面工事が令和9年(2027年)まで行われるため、裏山への立ち入りを控えるよう案内されています。
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文化財・見どころ
新豊院山古墳群
寺の裏山にある弥生時代から古墳時代前期の墳墓群で、昭和62年(1987年)7月3日に国の史跡に指定されました。弥生時代から古墳時代への墓制の変化を示す遺跡として評価されています。
新豊院山古墳群2号墳出土品(三角縁神獣鏡ほか)
全長約28mの前方後円墳である2号墳から三角縁神獣鏡や鉄製・銅製の鏃などが出土しました。磐田市観光協会の資料では出土品が市指定文化財になっていると記されています。
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写真で見る境内
初回訪問後に掲載します。
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出典・参考資料
- 行政・公的資料 静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9107
- 行政・公的資料 磐田北部ありがた歩記(磐田市観光協会パンフレット)
山号鷲渓山・本尊能満諸願虚空蔵大菩薩・曹洞宗、文明18年(1486)以前の開創と伝わること、天正年間の曹洞宗改宗(可睡斎等膳和尚)、天正17年の寺領寄進、慶長8年の朱印、八幡大菩薩・向笠城主の戦勝祈願・家康の位牌の伝承、2号墳出土品が市指定文化財である旨を確認。
- 行政・公的資料 新豊院山古墳群(磐田市公式ウェブサイト・国指定文化財)
新豊院裏山に所在する国の史跡であること、2号墳が全長約28mの前方後円墳で三角縁神獣鏡等が出土したこと、保護工事のため裏山への立ち入りを控えるよう案内されていることを確認。
- 文化財データベース 新豊院山古墳群(文化遺産オンライン・文化庁)
国指定史跡(史跡名勝天然記念物)、指定年月日1987年7月3日、所在地静岡県磐田市向笠竹之内であることを確認。
- 宗派公式資料 新豊院(曹洞禅ナビ・曹洞宗公式寺院ポータルサイト)
曹洞宗寺院として磐田市向笠竹之内14に所在することを確認(山号・由緒の記載はなし)。