南部地区・現存
千手寺
せんじゅじ
千手寺は磐田市千手堂にある臨済宗妙心寺派の寺院で、山号は慈眼山です。『日本歴史地名大系』によれば正元2年(1260年)の創建と伝え、もと真言宗で元禄元年(1688年)に臨済宗に転じたとされます。本尊の千手十一面観音は白拍子千手の前の持仏と伝えられ、地名「千手堂」とも深く関わります。
別称・関連名称慈眼山
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この寺院について
千手寺は磐田市千手堂にある臨済宗妙心寺派の寺院で、山号は慈眼山です。『日本歴史地名大系』によれば正元2年(1260年)の創建と伝え、もと真言宗で元禄元年(1688年)に臨済宗に転じたとされます。本尊の千手十一面観音は白拍子千手の前の持仏と伝えられ、地名「千手堂」とも深く関わります。
02
歴史と背景
創建と改宗
『日本歴史地名大系』(コトバンク掲載)によれば、千手寺は正元2年(1260年)の創建とされ、もとは真言宗の寺院でしたが、元禄元年(1688年)に臨済宗に転じたといいます。山号は慈眼山、本尊は千手十一面観音です。所在地の町名「千手堂」は当寺にちなむもので、地元では「せんずどう」とも読み慣わされてきました。
千手の前の伝承
本尊の千手十一面観音は、平重衡に仕えた白拍子千手の前の持仏と伝えられています。ただし『日本歴史地名大系』は、後世に千手の前と千手観音の両者が結びつけられたらしいと注記しており、寺伝と史実は区別して考える必要があります。磐田市観光協会の解説によれば、千手の前は駿河国手越の長者の娘で、千手寺(磐田市千手堂)の千手観音に祈願して授かった子であることから「千手」と名付けられたと伝えられます。重衡の処刑後は尼となって当地で菩提を弔い、その墓と伝えられる傾城塚が磐田市野箱に残ります。
03
文化財・見どころ
指定文化財、建築、仏像、石造物、古文書、境内の見どころを調査します。
04
写真で見る境内
初回訪問後に掲載します。
05
出典・参考資料
- 行政・公的資料 静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9089
- 郷土資料 千手寺(せんじゆじ)とは? コトバンク(日本歴史地名大系)
山号慈眼山・臨済宗妙心寺派・本尊千手十一面観音・正元2年(1260年)創建・元禄元年(1688年)臨済宗転宗・本尊は白拍子千手前の持仏と伝えるが後世の結合らしいこと・千手前が当地で尼となり没した伝説を本文で確認。
- 行政・公的資料 千手の前(傾城塚・千手前の墓)磐田市観光協会
千手の前が千手寺(磐田市千手堂)の千手観音に祈願して授かった子として名付けられたこと、重衡処刑後に尼となり野箱で菩提を弔ったこと、墓が傾城塚と呼ばれることを本文で確認。
- 民間二次情報 サーチ寺院 静岡県磐田市の寺院一覧
千手寺が臨済宗妙心寺派・磐田市千手堂637番地に所在することを一覧本文で確認。