中泉地区・現存
満徳寺
まんとくじ
満徳寺(光恩山満徳寺)は磐田市中泉にある真宗大谷派の寺院で、本尊は阿弥陀如来です。屋根の描く線と高さから「中泉富士」と呼ばれた本堂を中心に、享和3年(1803年)建立の経蔵、文政9年(1826年)建立の水屋が歴史を伝えています。本堂には屋台彫刻で知られる彫刻師・早瀬利三郎(朝雲)による龍や牡丹の彫刻が残ります。
別称・関連名称光恩山満徳寺/中泉富士(本堂の通称)
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この寺院について
満徳寺(光恩山満徳寺)は磐田市中泉にある真宗大谷派の寺院で、本尊は阿弥陀如来です。屋根の描く線と高さから「中泉富士」と呼ばれた本堂を中心に、享和3年(1803年)建立の経蔵、文政9年(1826年)建立の水屋が歴史を伝えています。本堂には屋台彫刻で知られる彫刻師・早瀬利三郎(朝雲)による龍や牡丹の彫刻が残ります。
02
歴史と背景
「中泉富士」と呼ばれた本堂と伽藍
磐田市観光協会の寺社案内によれば、本堂は建設当時、屋根が描く曲線と高さから「中泉富士」と呼ばれました。境内には文政9年(1826年)建立の水屋、享和3年(1803年)建立の経蔵があり、寺の歴史を物語っています。本堂には屋台の彫刻等で有名な早瀬利三郎(朝雲)による、豪快なノミさばきの「龍」や「牡丹」などの彫刻が随所に施されています。また黄檗版一切経を収めていた経蔵の天井には、百合や水仙などの花の絵が81枚描かれ、約200年を経ても鮮やかな色彩が残されています。
中泉代官ゆかりの墓所
中泉は江戸時代に幕府直轄領を治める中泉代官所(陣屋)が置かれた町で、満徳寺にはその歴史との接点もあります。磐田市観光協会の寺社案内によれば、幕末の中泉代官を務めた林鶴梁の義母は中泉で病没し、その墓所が満徳寺にあります。
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文化財・見どころ
指定文化財、建築、仏像、石造物、古文書、境内の見どころを調査します。
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写真で見る境内
初回訪問後に掲載します。
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出典・参考資料
- 行政・公的資料 静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9067
- 行政・公的資料 磐田市観光協会「まちなか歴史と文化の新発見 ありがた歩記 中泉編」(PDF)
山号(光恩山)、宗派(真宗大谷派)、本尊(阿弥陀如来)、本堂の通称「中泉富士」、水屋=文政9年(1826)建立、経蔵=享和3年(1803)建立、早瀬利三郎(朝雲)の彫刻、経蔵天井画81枚、黄檗版一切経、林鶴梁の義母の墓所が満徳寺にあることを確認(PDF本文を抽出して確認)