御厨地区・現存
醫王寺
いおうじ
醫王寺(鎌田山金剛院医王寺)は磐田市鎌田にある真言宗智山派の寺院で、本尊は薬師如来です。寺伝では天平年間に行基菩薩が開いたと伝わる古刹で、市指定名勝の枯山水庭園と苔の参道で知られます。遠州四十九薬師霊場第46番札所です。
別称・関連名称鎌田山医王寺/鎌田山金剛院医王寺/医王寺/鎌田の薬師様
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この寺院について
醫王寺(鎌田山金剛院医王寺)は磐田市鎌田にある真言宗智山派の寺院で、本尊は薬師如来です。寺伝では天平年間に行基菩薩が開いたと伝わる古刹で、市指定名勝の枯山水庭園と苔の参道で知られます。遠州四十九薬師霊場第46番札所です。
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歴史と背景
創建と沿革
寺院公式サイトによれば、天平6年〜20年(734〜748年)に聖武天皇の勅命を奉じた行基菩薩が当地を訪れ、薬師如来の尊像を刻んで祀ったのが始まりと伝えられます。平安時代の弘仁年間(810〜822年)には嵯峨天皇の帰依を受けて七堂伽藍が整い、真言密教の道場となったと伝わります。元亀3年(1572年)に武田信玄勢の兵火で寺塔が灰燼に帰しましたが、天正12年(1584年)には徳川家康の援助で再興されました。慶長9年(1604年)の火災後も幕府の寄進で復興し、寛永12年(1635年)には徳川家光から135石の朱印状を与えられたと記されています。明治8年(1875年)に医王寺として再興され、明治27年(1894年)から真言宗智山派に属しています。
庭園と参道
境内には約1,000平方メートルの枯山水庭園があり、参道とともに磐田市指定名勝「医王寺庭園及び参道」となっています。江戸時代初期の作庭とされる古庭園で、寺に伝わる文化財とあわせて公開情報が整理されています。市指定文化財一覧にも名勝として「医王寺庭園及び参道」(鎌田)が掲載されています。
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文化財・見どころ
医王寺庭園及び参道
約1,000平方メートルの枯山水庭園と山門へ続く参道。磐田市の市指定文化財一覧に名勝(鎌田)として掲載されています。
医王寺文書
戦国期の穴山信君(武田信君)の禁制文書を含む古文書群。寺院公式サイトでは天正3年(1575年)以前のものと解説されています。
大般若経六百巻
正保2年(1645年)に松平正綱から寄進されたと伝わる大般若経。市の指定文化財一覧に書跡「大般若経」(鎌田)として掲載されています。
和算額
数学の問題と解法を記して奉納された算額。市の指定文化財一覧に書跡「和算額」(鎌田)として掲載されています。
中教院扁額
明治5年(1872年)の教部省による教導職制度に関わる扁額で、書院・客殿正面に掲げられています。市の指定文化財一覧に歴史資料(鎌田)として掲載されています。
紙本金地著色三十六歌仙図
江戸時代前期の狩野派絵師による三十六歌仙図。寺院公式サイトの文化財紹介ページに掲載されています。
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写真で見る境内
初回訪問後に掲載します。
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出典・参考資料
- 行政・公的資料 静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9055
- 寺院公式情報 真言宗智山派 鎌田山医王寺 公式サイト「医王寺の歴史について」
山号寺号(鎌田山金剛院医王寺)、本尊薬師如来、行基開山伝承、嵯峨天皇帰依、武田兵火、家康援助、家光朱印状、明治の再興、智山派所属、遠州四十九薬師第46番を確認
- 寺院公式情報 鎌田山医王寺 公式サイト「磐田市 重要指定文化財」
三十六歌仙図・和算額・中教院扁額・大般若経六百巻・医王寺文書・庭園及び参道の6件の解説を確認
- 行政・公的資料 磐田市公式ウェブサイト「市指定文化財」
医王寺文書(古文書・鎌田)、大般若経(書跡・鎌田)、和算額(書跡・鎌田)、中教院扁額(歴史資料・鎌田)、医王寺庭園及び参道(名勝・鎌田)の市指定を確認
- 民間二次情報 日本各地の巡礼・巡拝霊場の紹介「遠江四十九薬師霊場」
第46番「鎌田山 金剛院 医王寺(薬師如来・真言宗智山派・磐田市鎌田)」の記載を確認(寺院公式サイトの記載とも一致)